育成年代における「マルチスポーツ」の価値 

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なぜ今「マルチスポーツなのか」

近年、育成年代において一つの競技に早期から特化する「早期専門化」が増えています。
しかしその一方で、ケガの増加・燃え尽き症候群・運動能力の偏りといった課題も浮き彫りになっています。

そこで注目されているのが「マルチスポーツ」。
これは複数のスポーツを経験することで、身体・心・競技力を総合的に育てる考え方です。

神経系が最も発達する育成年代こそマルチスポーツをやるべき!

育成年代(特に小学生〜中学生前半)は、神経系の発達がピークを迎える時期。

※神経系の発達とは、脳や神経が成長し、情報を正確かつ素早く伝えられるようになることで、動き・感覚・判断・反応が洗練されていく過程のこと

この時期に多様な動きを経験することで、

  • バランス能力
  • 空間認知能力
  • 反応スピード

など、後から鍛えにくい能力が育ちます。

トップアスリートの実績多数!マルチスポーツは“伸びる選手”になりやすい

トップアスリートの多くが、

子どもの頃はいろいろなスポーツをやっていた

と語るのは偶然ではありません。

マルチスポーツは長期的な競技力向上(LTAD)の視点でも非常に重要です。

実際、野球界では大谷翔平選手(バドミントン・水泳)、バスケットボール界では八村塁選手(野球)を代表するように幼少期に複数の競技経験を持つトップアスリートが多く存在しています。

早期専門化の影響:マルチスポーツ流行の背景

早い段階から一つの競技に絞る「早期専門化」は、競技力向上の観点ではメリットがあるように見える一方で、心の成長という面ではいくつかのリスクも指摘されています。

燃え尽き症候群につながる可能性がある

一つの競技だけに取り組み続けると、結果へのプレッシャーが強くなりやすくなります。
また、評価の軸がその競技に限定されることで、失敗を「できない自分」と結びつけてしまう場面も増えていきます。

こうした状態が続くと、
本来は楽しかったはずのスポーツが、徐々に「やらなければいけないもの」へと変わっていきます。

特に、思うように結果が出ない時期が長く続いた場合、
モチベーションが低下し、最終的には競技そのものから離れてしまう、いわゆる「燃え尽き」の状態につながることもあります。

自己肯定感や挑戦する力に影響する

早期専門化では、一つの競技の中で評価され続けるため、できる・できないの基準が固定化されやすくなります。

その結果、うまくいかない経験が重なると、「自分はできない」という認識が強くなり、新しいことに挑戦すること自体に消極的になってしまうこともあります。

また、他の競技や動きに触れる機会が少ないことで、「最初はできなくて当たり前」という感覚を持ちにくくなる側面もあります。

こうした状態では、失敗に対するハードルが高くなり、挑戦すること自体を避ける傾向につながる可能性もあります。

選手にとってのマルチスポーツのメリット

怪我による長期離脱のリスクが下がる

マルチスポーツの大きなメリットの一つが、ケガのリスクを抑えられることです。

同じ競技を長期間続けると、特定の動作が繰り返されます。
その結果、同じ部位に負担がかかり続け、いわゆる「使いすぎ(オーバーユース)」による慢性障害が起こりやすくなります。

日本女子体育大学の『マルチスポーツ活動によるスポーツ障害予防効果および身体機能変化の検証』によると、小学生期から高校生まで単一の競技を継続した選手は、慢性障害を有する割合が高いことが報告されています。これは、成長期において同じ動作を繰り返すことが、身体への偏った負担につながる可能性を示しています。

一方で、マルチスポーツでは、

  • 使う筋肉や関節が分散される
  • 動作のバリエーションが増える
  • 特定部位への負担が偏りにくい

といった特徴があります。

例えば、
サッカーだけを続けている場合は下半身への負担が大きくなりやすいですが、水泳や体操などを組み合わせることで、全身をバランスよく使うことができます。

こうした積み重ねが、身体の一部に負担が集中することを防ぎ、結果としてケガによる長期離脱のリスクを下げることにつながります。

スポーツを「嫌い」になりにくい

マルチスポーツは、子どもがスポーツを「楽しいもの」として続けやすくする効果もあります。

一つの競技だけを続けていると、「楽しい」よりも「つらい」が上回ってしまうことがあります。特に成長期の子どもにとって、こうした経験が続くと、「スポーツそのものが嫌いになる」きっかけになってしまうことも少なくありません。

一方でマルチスポーツでは、

  • さまざまな動きや遊びを経験できる
  • 新しいことに挑戦する楽しさがある
  • 一つの競技でうまくいかなくても、別の競技で成功体験が得られる

ある競技では思うように結果が出なくても、別の競技では「できた」「楽しい」と感じられることで、スポーツ全体に対する前向きな気持ちを保ちやすくなります

また、競技に対する“適度な距離”ができることで、プレッシャーが過度に集中することも防げます

将来の競技選択の幅が広がる

マルチスポーツのもう一つの大きな価値は、「自分に合った競技」と出会える可能性が広がることです。

子どもの段階では、どんな動きが得意なのかは実際に経験してみないと分かりません。しかし、早い段階で一つの競技に絞ってしまうと、本来もっと力を発揮できた可能性のある競技に出会う機会を失ってしまうこともあります。

マルチスポーツでは、さまざまな特徴のスポーツを経験します。その中で、「これは楽しい」「これは得意かもしれない」といった感覚が積み重なり、徐々に自分に合った競技が見えてきます。

最終的に一つの競技に絞るとしても、マルチスポーツは、単にスキルを広げるだけでなく、「自分に合った道を見つけるためのプロセス」としても重要な役割を果たします

指導者が知っておきたいマルチスポーツの考え方

専門競技の否定ではない

マルチスポーツは「専門競技をやらせない」という考えではありません。

  • 成長段階に応じて
  • 適切なタイミングで専門性を高める

そのための準備期間です。

チーム全体の底上げにつながる

動きの質が高い選手が増えることで、

  • 練習の理解度
  • 習得スピード
  • ケガの少なさ

など、チーム全体の成長にも好影響を与えます。

おわりに|「一つに絞らない勇気」を

育成年代に最も大切なのは、

「今の勝ち」より「未来の可能性」

マルチスポーツは、選手の将来・健康・競技人生を守るための選択肢の一つです。
スポーツを長く、楽しく、成長し続けられるものにするために今だからこそ、マルチスポーツの価値を見直してみませんか?

(参考文献)
永野康治ほか(2023)「発育期におけるスポーツ外傷・障害と多種目経験の関連」科研費研究報告

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この記事を書いた人

南俊行のアバター 南俊行 株式会社pilina代表取締役 スポーツトレーナー

株式会社pilina代表取締役 スポーツトレーナー

【指導歴】
江戸川大学男子バスケットボール部 トレーナー
八千代松陰高等学校男子バスケットボール部 トレーナー
八千代松陰高等学校女子バスケットボール部 トレーナー
千葉県バスケットボール協会医科学委員
八千代市バスケットボール協会 理事長
東京スポーツレクリエーション専門学校 専任講師 など

【資格情報】
JSPO-AT(日本スポーツ協会公認アスレティックトレーナー)
NSCA-CSCS(全米ストレングス協会コンディショニング&ストレングス コーチスペシャリスト)
普通救命救急

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